LIFE EDIT MARKET KURASHI NO DOGU WO ERABI NAOSU 暮らしを、編集する。

TSURUGA / FUKUSHIMA

鶴ヶ城

蒲生氏郷が近世城郭へ改め、幕末の会津戦争で一か月の籠城に耐えた城です。現在の天守は1965年の復元で、2011年に会津松平家時代の赤瓦へ葺き替えられました。華やかな外観だけでなく、石垣と戊辰戦争の展示から会津の選択をたどります。

現在見られる主な建物・遺構
1639年 蒲生期天守完成/1965年 復元
主な城主
蒲生氏郷・加藤明成・松平容保
城の立地と天守の構造
平山城・復元天守
赤瓦を載せた鶴ヶ城天守閣
Image: Asturio Cantabrio / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

HISTORY

築城から現在まで

前身は中世の黒川城です。1590年に会津へ入った蒲生氏郷は城と城下町を整え、城名を鶴ヶ城、町を若松と改めました。

加藤明成の時代、地震で損傷した天守を五重に改め、石垣や北出丸を整備しました。1643年以降は保科・会津松平家の居城となります。

1868年の会津戦争では新政府軍に包囲され、一か月の籠城後に開城しました。傷んだ建物は1874年までに取り壊され、現在の天守は1965年に外観復元された博物館です。

CHRONOLOGY

  1. 蒲生氏郷が会津へ入り近世城郭化
  2. 加藤明成が五重天守を完成
  3. 保科正之が入城し会津松平家の時代へ
  4. 会津戦争で籠城後に開城
  5. 現在の復元天守が完成

PEOPLE, OBJECTS & THE CASTLE

蒲生氏郷から松平容保へ、会津の選択

肖像や武具、城に残る意匠から、城主と城の関わりを時代順に紹介します。

PORTRAIT / HISTORICAL IMAGE会津藩主松平容保の肖像写真
会津藩主松平容保の肖像写真Image: 撮影者不詳 / Wikimedia Commons / Public domain
ON SITE / STRUCTURAL DETAIL桜に囲まれた鶴ヶ城の石垣と天守
桜に囲まれた鶴ヶ城の石垣と天守Image: Wikimedia Commons contributor / Wikimedia Commons / CC BY-SA

氏郷は城と城下町を近世的に整え、容保は幕末に京都守護職を務めました。二人の時代は離れています。築城と戊辰戦争を一つの英雄物語にせず、城の変化に沿って追います。

容保の写真は幕末・明治期の人物資料です。表情の印象だけで人物を評価せず、藩主として置かれた政治状況と合わせて見ます。

蒲生氏郷

1590年に会津へ入り、鶴ヶ城と若松城下を整えました。

保科正之

会津藩政の基礎を築き、徳川家への忠節を家訓に残しました。

松平容保

幕末に京都守護職を務め、会津戦争で開城を決断しました。

三つの資料から分かること

01

蒲生氏郷の天守と、現在の天守は別の建物

蒲生期の天守は失われ、現在の天守は1965年に再建されました。外観を楽しみながら、どの時代の姿を伝えようとした建物かを知ることが大切です。

02

赤瓦は、幕末の城を取り戻すために復元された

発掘資料などをもとに、幕末期の姿を伝える赤瓦が再現されました。白壁との色の対比は、見栄えだけでなく復元研究の成果でもあります。

03

籠城戦の向こうに、城下町の暮らしがある

戊辰戦争では城だけでなく城下町と住民も大きな影響を受けました。天守から市街を見渡すと、戦場になった範囲の広さを想像できます。

所蔵館・文化財の公式解説を見る

FORTIFICATION

城を守るために、石垣・堀・門をどう配置したか

北出丸

城の正面を守る大きな馬出です。敵を門前で滞留させ、複数方向から攻撃できる配置です。

高石垣

本丸周辺には時代の異なる石垣が残ります。野面積みと加工石の違いを見ます。

廊下橋

本丸へ渡る入口です。橋と門、横矢が一つの防御線をつくります。

戊辰戦争の痕跡

天守展示の古写真や砲撃記録を、城内の地形と照らして読みます。

FIELD ROUTE

初めてでも迷いにくい見学順

見どころを見落とさず、入口から出口まで歩きやすい順に紹介します。工事や入場規制がある日は、現地の案内に従ってください。

  1. 01

    西出丸から入り、濠と石垣の高さを見る

  2. 02

    廊下橋から本丸へ入り、門の向きを確認する

  3. 03

    天守展示を蒲生期・会津松平期・戊辰戦争の順に見る

  4. 04

    天守最上階から城下と飯盛山の方向を確かめる

  5. 05

    茶室麟閣で蒲生氏郷と利休七哲のつながりを知る

  6. 06

    北出丸へ回り、正面防御の規模を歩く

FOOD, TEA & ONSEN

会津の祝い膳、こづゆと東山温泉

城下のハレの日の料理と、会津若松の奥座敷を一日でたどります。

会津の郷土料理、こづゆ
Image: Opqr / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

城下の祝い料理

こづゆ

干し貝柱のだしに豆麩、里芋、きくらげなどを合わせる会津の郷土料理です。武将個人の好物ではなく、婚礼や祭礼など人が集まる席で受け継がれた料理として紹介します。

会津若松観光ナビ「会津の食」で確かめる

城下から近い湯

東山温泉

鶴ヶ城の東側にある歴史ある温泉地です。特定の藩主専用湯とは断定せず、会津若松で城と武家屋敷を巡ったあとに泊まる温泉地として案内します。

会津若松観光ナビ「東山温泉」で確かめる

VISIT DETAILS

見学料金・開館時間・駐車場

大人一人の通常料金と、見学できる時間、休館日、車で訪れる場合の駐車場をまとめました。年齢区分、団体料金、特別公開は公式案内でご確認ください。

入城・入館料
天守閣博物館は大人410円、小・中学生150円。茶室麟閣との共通券は大人520円です。
開城・開館時間
8:30〜17:00、入館は16:30まで。
休城・休館日
定休日なし。臨時休館は公式案内で確認します。
公営・指定駐車場
西出丸駐車場は普通車約200台。最初の1時間200円、以後1時間100円。東口・南口駐車場も同じ普通車料金です。
駐車場から
西出丸駐車場から天守閣まで徒歩約5分。会津若松駅から周遊バスで鶴ヶ城入口へ向かえます。
訪問前の注意
赤瓦の天守は復元建築です。戊辰戦争の痕跡は天守展示と石垣、周辺史跡を結んで見ます。

確認日 2026.07.31。料金・開城時間・駐車条件は催事や工事により変わる場合があります。

DAY PLAN

鶴ヶ城を巡る時間と費用

滞在
天守、麟閣、北出丸で2〜3時間。
交通
会津若松駅から周遊バスを利用。
予算
観覧、昼食、市内移動で3,000〜6,000円ほど。

CASTLE TOWN ROUTE

戊辰戦争の城から、藩の日常へ

鶴ヶ城では戦争の記憶が前面に出ますが、御薬園へ足を運ぶと会津藩の医療、薬草栽培、藩主の別荘という平時の役割も見えてきます。

所要時間の目安 追加120〜180分

会津松平家の庭園、御薬園の御茶屋御殿
Image: Brian Adler / Wikimedia Commons / Public domain

WALKING ORDER

  1. 01

    天守閣郷土博物館で会津の歴史を見る

  2. 02

    福島県立博物館で実物資料を補う

  3. 03

    御薬園へ移動し、薬草園と御茶屋御殿を見る

博物館

福島県立博物館

鶴ヶ城公園内にあり、会津の古代から近現代までを幅広く扱います。戊辰戦争だけに偏らず、地域全体の時間軸をつかめます。

公式情報を見る

庭園・薬草園

御薬園

会津松平家の別荘で、薬草を栽培した御薬園です。池を中心とする庭園と薬用植物標本園から、藩が担った医療と産業を考えられます。

公式情報を見る

所要時間は移動と通常の見学を含む編集部の目安です。開館日、料金、展示内容は各施設の公式サイトでご確認ください。

AROUND THE CASTLE

城下町で食べる・泊まる・持ち帰る

知る

福島県立博物館

会津の古代から近現代までを、実物資料で補えます。

公式情報を見る

歩く

御薬園

会津藩主の別荘と薬草園です。城内とは異なる藩政の場を見られます。

公式情報を見る

旅を整える

会津若松観光ナビ

交通、郷土料理、宿泊、季節行事を確認できます。

公式情報を見る

BOOKS & DOCUMENTS

鶴ヶ城の築城史と戊辰戦争を知る本

蒲生氏郷による近世城郭化、赤瓦の復元、戊辰戦争の籠城を時代順に確かめられます。

Amazonで関連書籍を探す

主な出典

本文は各城の公式解説、自治体・文化財情報をもとに編集部が要約しました。伝承は確定事項と分けて記載しています。

← 名城一覧へ戻る
ページ上部へ戻る