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ODAWARA / KANAGAWA

小田原城

戦国大名北条氏が五代にわたり本拠とした城です。豊臣秀吉の大軍を迎えた1590年には、城下町まで囲む全長約9キロの総構が築かれました。復興天守だけで終わらせず、門、堀、土塁、八幡山古郭まで歩くと、関東支配の中心だった規模が分かります。

現在見られる主な建物・遺構
1590年 小田原合戦/1960年 復興天守
主な城主
北条早雲・北条氏康・北条氏政
城の立地と天守の構造
平山城・復興天守
本丸広場から見上げる小田原城天守閣
Image: Wikimedia Commons contributor / Wikimedia Commons / CC BY-SA

HISTORY

築城から現在まで

15世紀末、伊勢宗瑞(北条早雲)から始まる後北条氏が小田原を本拠とし、氏綱・氏康・氏政・氏直へ五代続きました。城と城下は段階的に拡張されます。

豊臣秀吉との対立が深まると、城下町と周辺丘陵を土塁と空堀で囲む総構を整えました。1590年の小田原合戦では大軍に包囲され、開城して後北条氏の関東支配が終わります。

江戸時代は大久保氏、稲葉氏の居城となりました。天守は関東大震災で倒壊した石垣の上に、1960年に鉄筋コンクリートで復興されています。

CHRONOLOGY

  1. 北条早雲が小田原を本拠とする
  2. 北条氏五代が城と城下を拡張
  3. 豊臣秀吉の小田原攻めで開城
  4. 元禄地震で天守などが被害
  5. 現在の復興天守が完成

PEOPLE, OBJECTS & THE CASTLE

北条五代と、城下を囲む総構

肖像や武具、城に残る意匠から、城主と城の関わりを時代順に紹介します。

PORTRAIT / HISTORICAL IMAGE北条早雲を描いた後世の肖像
北条早雲を描いた後世の肖像Image: 作者不詳 / Wikimedia Commons / Public domain
ON SITE / STRUCTURAL DETAIL常盤木門越しに見える小田原城天守閣
常盤木門越しに見える小田原城天守閣Image: Wikimedia Commons contributor / Wikimedia Commons / CC BY-SA

小田原城は一人の城主が完成させた城ではありません。早雲から氏直まで五代が城下と防御線を拡張しました。

肖像や軍記に描かれる北条氏の姿だけでなく、空堀、土塁、出土品から領国支配の実像を見ます。

北条早雲

小田原を本拠とする後北条氏の基礎を築きました。

北条氏康

河越合戦などを経て関東支配を広げました。

北条氏政・氏直

1590年の小田原合戦で開城を決断しました。

三つの資料から分かること

01

後北条氏五代が、町ごと守る城へ広げた

小田原城は一人の城主が完成させたものではなく、五代にわたり城下町と防御線を拡張しました。長い統治が、巨大な総構へ結びつきました。

02

総構まで歩くと、城の大きさが変わる

本丸から離れた空堀や土塁も、小田原城を守る施設でした。町を囲んだ防御線まで足を延ばすと、城の範囲が天守周辺だけではないと分かります。

03

復興天守と土の遺構が、異なる時代を伝える

現在の天守は近代の再建で、総構の空堀や土塁は戦国期の城を伝えます。両方を見ることで、展示と現地の地形が一つにつながります。

所蔵館・文化財の公式解説を見る

FORTIFICATION

城を守るために、石垣・堀・門をどう配置したか

総構

城下町と農地まで囲む約9キロの防御線です。小峯御鐘ノ台大堀切で土の城の規模を見ます。

馬出門

門前の空間へ敵を誘導し、次の門へ直進させない構成です。

銅門

二の丸の正門です。枡形、渡櫓門、石落としを一体で見ます。

八幡山古郭

現在の天守より高い丘陵に中世城郭の中心がありました。時代による城の位置の違いが分かります。

FIELD ROUTE

初めてでも迷いにくい見学順

見どころを見落とさず、入口から出口まで歩きやすい順に紹介します。工事や入場規制がある日は、現地の案内に従ってください。

  1. 01

    馬出門から入り、枡形の折れを見る

  2. 02

    住吉橋を渡り、銅門の二段構えを確認する

  3. 03

    常盤木門で本丸入口の守りを見る

  4. 04

    天守展示で北条五代と小田原合戦を追う

  5. 05

    八幡山古郭東曲輪へ上り、天守と相模湾を見る

  6. 06

    小峯御鐘ノ台大堀切まで足を延ばし総構を体感する

FOOD, TEA & ONSEN

北条氏が軍用に奨励したとされる小田原の梅

箱根越えの拠点だった小田原では、保存と携行に向く梅干しが名物になりました。

皿に盛られた梅干し
Image: SEKIUCHI / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

北条氏との関係

曽我の梅干し

小田原市は、戦国時代に北条氏が梅干しの薬効と保存性に着目し、軍用として梅干し作りを奨励したと解説しています。個人の好物ではなく、兵糧と街道の歴史につながる食です。

小田原市「地場産業・伝統工芸」で確かめる

街道の湯

箱根湯本温泉

小田原から箱根八里へ向かう東海道の入口にある温泉地です。北条氏の専用湯とするのではなく、小田原城と箱根を一泊二日で結ぶときの宿泊地として位置づけます。

箱根町観光協会「箱根八里」で確かめる

VISIT DETAILS

見学料金・開館時間・駐車場

大人一人の通常料金と、見学できる時間、休館日、車で訪れる場合の駐車場をまとめました。年齢区分、団体料金、特別公開は公式案内でご確認ください。

入城・入館料
天守閣・SAMURAI館共通で大人1,000円、小・中学生300円。NINJA館は別に大人500円、小・中学生200円です。
開城・開館時間
天守閣は9:00〜17:00、最終入館16:30。
休城・休館日
12月第2水曜日、12月31日〜1月1日。
公営・指定駐車場
小田原城に一般車用の専用駐車場はありません。市営栄町駐車場は最初の1時間350円、以後30分100円、24時間最大1,000円です。
駐車場から
栄町駐車場から馬出門まで徒歩約8分。JR・小田急小田原駅から天守閣まで徒歩約10分です。
訪問前の注意
天守・SAMURAI館・NINJA館は券種と最終入館時刻が異なります。見たい施設を先に決めると回りやすくなります。

確認日 2026.07.31。料金・開城時間・駐車条件は催事や工事により変わる場合があります。

DAY PLAN

小田原城を巡る時間と費用

滞在
本丸と門で2時間。総構を歩くなら半日以上。
交通
小田原駅から天守まで徒歩約10分。
予算
入館、昼食、市内移動で3,000〜6,000円ほど。

CASTLE TOWN ROUTE

天守から総構へ、城の大きさを測り直す

小田原城は天守周辺だけでなく、町を囲んだ総構まで見て規模が分かる城です。NINJA館で北条氏の背景を押さえたあと、土塁と空堀へ足を延ばします。

所要時間の目安 追加90〜180分

小田原城址公園の歴史見聞館
Image: Kicho- / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

WALKING ORDER

  1. 01

    天守で北条氏と近世小田原城の展示を見る

  2. 02

    小田原城NINJA館で戦国期の城を補う

  3. 03

    徒歩または公共交通で総構の遺構へ

体験展示

小田原城NINJA館

戦国期の小田原北条氏と風魔忍者を、映像や体験展示で紹介します。対象年齢や混雑状況を公式案内で確認して訪れます。

公式情報を見る

土の城

小峯御鐘ノ台大堀切

小田原城総構に残る大規模な空堀です。復興天守の姿とは異なる、土塁と堀で町を囲んだ戦国城郭の規模を体で感じられます。

公式情報を見る

所要時間は移動と通常の見学を含む編集部の目安です。開館日、料金、展示内容は各施設の公式サイトでご確認ください。

AROUND THE CASTLE

城下町で食べる・泊まる・持ち帰る

知る

小田原城NINJA館

北条氏と風魔忍者を体験展示で紹介します。

公式情報を見る

歩く

小峯御鐘ノ台大堀切

総構の土塁と空堀を現地で体感できる史跡です。

公式情報を見る

旅を整える

小田原市観光協会

食事、宿泊、祭り、箱根方面の交通を確認できます。

公式情報を見る

BOOKS & DOCUMENTS

小田原城の後北条氏五代と総構を知る本

後北条氏が五代にわたり城下町ごと守る総構へ広げた過程を、発掘と縄張りの資料から確かめます。

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主な出典

本文は各城の公式解説、自治体・文化財情報をもとに編集部が要約しました。伝承は確定事項と分けて記載しています。

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