徳川家康
1610年に天下普請の築城を命じました。
NAGOYA / AICHI
徳川家康が天下普請で築かせた城です。巨大天守は現在閉館中ですが、復元された本丸御殿では、将軍を迎える部屋の格と動線を建築そのものから読めます。天守へ入れないことを明記したうえで、現存する隅櫓、石垣、本丸御殿を中心に歩きます。

HISTORY
家康は1610年、東海道の要衝に名古屋城を築くよう命じました。西国・北国の大名を動員する天下普請で石垣を築き、1612年に金鯱を載せた天守が完成します。
1615年には尾張藩主徳川義直の住居・政庁となる本丸御殿が完成しました。対面所、上洛殿へ進むほど格式が高まり、部屋の広さ、天井、障壁画が変わります。
天守と本丸御殿は1945年の空襲で焼失し、天守は1959年に再建されました。本丸御殿は史料と実測図をもとに木造復元され、2018年に全体公開されました。現在、天守は耐震上の理由で閉館中です。
CHRONOLOGY
PEOPLE, OBJECTS & THE CASTLE
肖像や武具、城に残る意匠から、城主と城の関わりを時代順に紹介します。


家康は西国への備えと尾張藩の拠点として名古屋城を築かせました。義直の本丸御殿は、住居であると同時に将軍を迎える儀礼空間です。
天守の金鯱だけでなく、石垣を担当した大名、現存櫓、本丸御殿の部屋の序列を合わせて見ます。
1610年に天下普請の築城を命じました。
初代尾張藩主として本丸御殿へ入りました。
天守の象徴であると同時に、藩の財力と格式を示しました。
名古屋城天守は閉館中ですが、本丸御殿、現存櫓、石垣刻印は見学できます。天守だけが城ではないことを実感できる歩き方です。
部屋は奥へ進むほど格式が高まり、障壁画や金具も華やかになります。将軍を迎える順序を空間そのものが語っています。
石に刻まれた印は、各地の大名が工事を担った痕跡です。巨大な城が一つの藩だけでなく、全国規模の動員で築かれたことが見えてきます。
FORTIFICATION
石垣には工事を担当した大名の印が残ります。石の表面に刻まれた記号を探します。
西南・東南・西北隅櫓が残ります。天守だけでなく、本丸外周を守る建物として位置を見ます。
二之丸大手二之門など、門前で進路を絞る構成が残ります。
表玄関から上洛殿へ進むほど装飾が変わります。防御ではなく、儀礼と権力を空間で示す建築です。
FIELD ROUTE
見どころを見落とさず、入口から出口まで歩きやすい順に紹介します。工事や入場規制がある日は、現地の案内に従ってください。
正門から西南隅櫓と石垣刻印を見る
本丸表二之門を通り、枡形の向きを確かめる
天守は外観のみ見学し、閉館理由を案内で確認する
本丸御殿を玄関・表書院・対面所・上洛殿の順に見る
西の丸御蔵城宝館で資料と障壁画を補う
二之丸庭園へ回り、城内の居住空間をつかむ
FOOD, TEA & ONSEN
尾張徳川家の食事と結びつけず、現在の城下町で親しまれる麺として紹介します。

地域に受け継がれた味
平たく幅の広い麺を、だしのきいたつゆで食べる名古屋の麺料理です。徳川義直の好物と裏づける公式資料は確認できないため、名古屋城見学と組み合わせやすい地域の味として扱います。
名古屋観光情報「なごやめし」で確かめるVISIT DETAILS
大人一人の通常料金と、見学できる時間、休館日、車で訪れる場合の駐車場をまとめました。年齢区分、団体料金、特別公開は公式案内でご確認ください。
確認日 2026.07.31。料金・開城時間・駐車条件は催事や工事により変わる場合があります。
DAY PLAN
CASTLE TOWN ROUTE
名古屋城本丸御殿の復元空間を見たあとは、徳川美術館で尾張徳川家の実物資料へ。建物の華やかさと、そこで使われた道具の精度を結びつけられます。
所要時間の目安 追加120〜180分

WALKING ORDER
名古屋城本丸御殿で部屋の格式を見る
移動して徳川美術館の大名道具を見る
時間があれば文化のみちの近代建築を歩く
美術館
尾張徳川家に伝わった甲冑、刀剣、茶道具、能装束、国宝『源氏物語絵巻』などを収蔵します。公開作品は会期ごとに替わります。
公式情報を見る町歩き
名古屋城から徳川園にかけて、武家屋敷の面影と近代建築が残る地域です。城下町が明治以降どう変わったかを建物でたどれます。
公式情報を見る所要時間は移動と通常の見学を含む編集部の目安です。開館日、料金、展示内容は各施設の公式サイトでご確認ください。
AROUND THE CASTLE
BOOKS & DOCUMENTS
諸大名が分担した石垣工事、尾張徳川家、本丸御殿の復元を扱う本を紹介します。
本文は各城の公式解説、自治体・文化財情報をもとに編集部が要約しました。伝承は確定事項と分けて記載しています。