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MARUGAME / KAGAWA

丸亀城

丸亀城は、天守の大きさよりも石垣の高さと曲線で記憶に残る城です。山麓から本丸へ、幾段もの高石垣を見上げながら登ると、城山全体を一つの防御施設にした設計が分かります。現存天守と大手一の門を結び、下から上へ順に見ます。

現在見られる主な建物・遺構
1660年ごろ 現存天守完成
主な城主
生駒親正・山崎家治・京極高和
城の立地と天守の構造
平山城・独立式層塔型天守
亀山の高石垣上に立つ丸亀城天守
Image: Toto-tarou / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

HISTORY

築城から現在まで

1597年、生駒親正・一正が亀山に築城を始めました。武家屋敷や城下町まで濠や土塁で囲む総構を備えていましたが、1615年の一国一城令で廃城となります。讃岐では高松城を残し、丸亀城の建物は役割を失いました。

1641年に山崎家治が丸亀藩主となり、城の再建を始めます。1658年に京極高和が入封した後も整備が続き、1660年ごろに現在の天守が完成したとされます。三重三階の小さな天守は、下から見上げたときに高石垣と一体で大きく見える位置に置かれています。

丸亀城は、裾から上へ反りが強くなる『扇の勾配』の石垣で知られます。2018年には豪雨や台風の影響で南西部の石垣が崩落し、長期の復旧事業が続いています。見学時は天守だけでなく、石垣を守り直す現場と公開情報にも目を向けます。

CHRONOLOGY

  1. 生駒親正・一正が亀山で築城を開始
  2. 一国一城令により丸亀城が廃城
  3. 山崎家治が丸亀藩主となり再建を開始
  4. 京極氏の時代に現存天守が完成
  5. 崩落した石垣の復旧事業を継続

PEOPLE, OBJECTS & THE CASTLE

生駒・山崎・京極、三家がつないだ石の城

肖像や武具、城に残る意匠から、城主と城の関わりを時代順に紹介します。

ON SITE / STRUCTURAL DETAIL丸亀城の石垣に沿って続く見返り坂
丸亀城の石垣に沿って続く見返り坂Image: Motokoka / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
ON SITE / STRUCTURAL DETAIL白壁と板張りが見える丸亀城天守
白壁と板張りが見える丸亀城天守Image: Naokijp / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

丸亀城は一人の築城者だけで完成した城ではありません。生駒氏が城と城下町を開き、一度の廃城を挟んで山崎氏が再建し、京極氏の時代に現在の天守が整いました。

城主が替わるたびに、石垣、曲輪、天守が更新されました。高石垣を『日本一』という言葉だけで終わらせず、下から上へ積み方と勾配がどう変わるかを見ます。

生駒氏

1597年から亀山に城と城下町を築きました。

山崎家治

廃城後の1641年から丸亀城を再建しました。

京極高和

1658年に入封し、現存天守が完成する時代を担いました。

三つの資料から分かること

01

三つの大名家が、石の城を受け継いだ

生駒氏の築城、廃城、山崎氏の再建を経て、京極氏の時代に現在の天守が整いました。丸亀城は、一度失われた城が再び築かれた歴史を持ちます。

02

見返り坂で、石垣の勾配が変わっていく

坂の下から見上げると、石垣は上へ行くほど反りが強くなります。高さだけでなく、視線を持ち上げる曲線そのものが丸亀城の見どころです。

03

小さな天守を、巨大な石垣が際立たせる

現存天守は大きくありませんが、高石垣の頂に置かれることで城下から強い存在感を放ちます。建物の規模と見え方は同じではないことを教えてくれます。

所蔵館・文化財の公式解説を見る

FORTIFICATION

城を守るために、石垣・堀・門をどう配置したか

扇の勾配

石垣は裾が緩く、上へ行くほど垂直に近づきます。見た目の美しさと登りにくさを両立する曲線です。

四段の高石垣

山麓から本丸まで石垣が段を重ねます。一枚の壁ではなく、曲輪ごとに攻め手を止める構成です。

大手一の門・二の門

城下側の大手口に二つの門が続きます。門の間の空間と向きを見ると、進入を遅らせる仕組みが分かります。

小天守の位置

天守は三重三階で、現存十二天守の中でも小規模です。高い石垣の頂部に置くことで、城下からの象徴性を高めています。

FIELD ROUTE

初めてでも迷いにくい見学順

見どころを見落とさず、入口から出口まで歩きやすい順に紹介します。工事や入場規制がある日は、現地の案内に従ってください。

  1. 01

    内堀越しに城山全体を見て、石垣が重なる段数を数える

  2. 02

    大手二の門から一の門へ進み、枡形の向きを確かめる

  3. 03

    見返り坂を上りながら、扇の勾配を正面と斜めから見る

  4. 04

    三の丸、二の丸、本丸へ進み、石垣の積み方の違いを探す

  5. 05

    本丸で天守の小ささと城下への見え方を確かめる

  6. 06

    下山後は石垣復旧の公開情報を見て、保存工事の範囲を確認する

FOOD, TEA & ONSEN

丸亀の現在を代表する骨付鳥

江戸の城下料理ではなく、戦後に生まれた現代の名物として年代を分けて紹介します。

丸亀の名物、骨付鳥
Image: Sanjo / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

近代以降の名物

骨付鳥

鶏の骨付きもも肉を焼く丸亀の名物です。丸亀市は戦後に生まれた料理として紹介しており、京極家の食文化ではありません。城見学後の夕食候補として、歴史上の時代を混同せずに選べます。

丸亀市「骨付鳥」で確かめる

VISIT DETAILS

見学料金・開館時間・駐車場

大人一人の通常料金と、見学できる時間、休館日、車で訪れる場合の駐車場をまとめました。年齢区分、団体料金、特別公開は公式案内でご確認ください。

入城・入館料
天守は大人400円、中学生以下無料。中津万象園との共通券は大人900円です。
開城・開館時間
9:00〜16:30、最終入館16:00。
休城・休館日
定休日なし。臨時休館は公式のお知らせで確認します。
公営・指定駐車場
資料館南側は約50台、6:00〜19:00、無料。大手町第一駐車場は最初の1時間無料、城内の認証でさらに1時間無料、その後30分100円です。
駐車場から
資料館南側から天守まで、見返り坂を上って徒歩約15〜20分。JR丸亀駅から城内まで徒歩約15分です。
訪問前の注意
高石垣を麓から見上げてから天守へ上ると、城の規模がつかみやすくなります。

確認日 2026.07.31。料金・開城時間・駐車条件は催事や工事により変わる場合があります。

DAY PLAN

丸亀城を巡る時間と費用

滞在
城内と天守で2〜3時間。急坂が続くため、夏は休憩と飲み物を確保します。
交通
JR丸亀駅から徒歩約15分。駅から内堀へ向かうと城山の全景を見やすい経路です。
予算
観覧、昼食、市内移動で3,000〜5,000円ほど。宿泊費は含みません。

CASTLE TOWN ROUTE

石垣の城から、京極家の大名庭園へ

丸亀城で高石垣を見上げたあとは、中津万象園へ。防御のために積まれた石と、眺めをつくるために置かれた石を続けて見ると、石の使われ方の違いが分かります。

所要時間の目安 追加90〜150分

丸亀の大名庭園、中津万象園
Image: 663highland / Wikimedia Commons / CC BY 2.5

WALKING ORDER

  1. 01

    大手門から高石垣をたどって天守へ

  2. 02

    駅前のMIMOCAで現代の表現を見る

  3. 03

    移動して中津万象園を一周する

大名庭園

中津万象園

丸亀藩主・京極家が築いた庭園で、八つの島を配した池と近江八景になぞらえた景観を見られます。現在の公開案内は丸亀市の情報で確認します。

公式情報を見る

美術館

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

丸亀駅前にあり、建築家・谷口吉生による建物と猪熊弦一郎の作品を鑑賞できます。城と現代建築をつなぐと、町の見え方が大きく変わります。

公式情報を見る

所要時間は移動と通常の見学を含む編集部の目安です。開館日、料金、展示内容は各施設の公式サイトでご確認ください。

AROUND THE CASTLE

城下町で食べる・泊まる・持ち帰る

見る

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

駅前で現代美術に触れられます。城の石と近代建築を一日で見比べる組み合わせです。

公式情報を見る

歩く

中津万象園

京極家ゆかりの大名庭園です。城郭とは違う、藩主の平時の空間を見られます。

公式情報を見る

旅を整える

丸亀市観光協会

うどん店、祭り、交通、城周辺の最新情報を確認できます。

公式情報を見る

BOOKS & DOCUMENTS

丸亀城の高石垣と城主交代を知る本

生駒・山崎・京極の各時代を追い、現在の高石垣と天守がどのように整えられたかを確かめます。

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主な出典

本文は各城の公式解説、自治体・文化財情報をもとに編集部が要約しました。伝承は確定事項と分けて記載しています。

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