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KOCHI / KOCHI

高知城

追手門と天守を一枚の視界に収め、本丸御殿と天守を続けて歩ける城です。1727年の大火後、創建時の姿を意識して再建された天守と本丸建物群がまとまって残り、雨の多い土地に合わせた石樋も見どころです。

現在見られる主な建物・遺構
1749年 現存天守再建
主な城主
山内一豊・豊敷
城の立地と天守の構造
平山城・独立式望楼型天守
横長の構図で見る高知城天守
Image: z tanuki / Wikimedia Commons / CC BY 3.0

HISTORY

築城から現在まで

前身の大高坂山城を経て、長宗我部元親は1588年に築城へ着手しましたが、水害のため1591年に浦戸城へ移ったとされます。関ヶ原合戦後、土佐へ入った山内一豊が1601年に新たな築城を始め、1611年頃に全体が整いました。

1727年の大火で追手門などを除く多くの建物を失い、1729年から再建が始まります。現在の天守は1749年、本丸御殿を含む整備は1753年に完成。江戸中期の再建ですが、創建時の形式をよく伝えます。

天守は外観四重、内部六階。本丸御殿の懐徳館と接続し、本丸の建物群がまとまって現存する国内唯一の例です。城主の表向きの空間と戦う天守を連続して見られます。

CHRONOLOGY

  1. 長宗我部元親が大高坂山で築城に着手
  2. 山内一豊が築城を開始
  3. 城郭がほぼ完成
  4. 城下の大火で天守などを焼失
  5. 天守・本丸御殿・三の丸を再建

PEOPLE, OBJECTS & THE CASTLE

山内一豊の没後肖像と、土佐藩主へ伝わった一国兼光

肖像や武具、城に残る意匠から、城主と城の関わりを時代順に紹介します。

PORTRAIT / HISTORICAL IMAGE東京大学史料編纂所公開の山内一豊肖像
東京大学史料編纂所公開の山内一豊肖像Image: Unknown / Historiographical Institute / Wikimedia Commons / Public domain
ON SITE / STRUCTURAL DETAIL石垣越しに望む高知城天守
石垣越しに望む高知城天守Image: Tojichi / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

山内一豊は1601年に築城を始め、1605年に死去しました。現存する一豊肖像は1608年の没後制作です。表情や装束は、生前の写生ではなく、藩祖をどう記憶したかという視点で見ます。

重要文化財の太刀『一国兼光』は、1636年に将軍家光から二代忠義へ贈られたとされます。一豊の刀ではなく、徳川将軍家と土佐藩主の関係を示す資料です。

褐麻地立波紋具足下着

桃山時代。一豊所用と伝わる甲冑の下着であり、甲冑一領ではありません。

太刀 一国兼光

1355年銘の重要文化財。1636年に家光から忠義へ贈られたとされます。

丸三葉柏・立波紋

山内家が使った複数の紋。具足下着など実物資料で用途を見ます。

三つの資料から分かること

01

一豊の肖像は、藩祖を記憶するために描かれた

山内一豊の肖像は、本人の死後に制作されました。顔立ちの正確さよりも、土佐藩が初代藩主をどのように敬い、後世へ伝えたかを示す資料です。

02

具足下着から、甲冑の内側の現実が見える

褐麻地立波紋具足下着は、甲冑そのものではなく、その下に着た衣類です。華やかな武具の内側にあった動きやすさや装いまで想像させます。

03

一国兼光は、二代忠義と将軍家を結ぶ刀

重要文化財の太刀は1636年に二代忠義へ贈られたとされ、一豊所用の刀ではありません。誰に、いつ渡ったのかを知ると、刀が土佐藩と徳川将軍家の関係を語る資料になります。

所蔵館・文化財の公式解説を見る

FORTIFICATION

城を守るために、石垣・堀・門をどう配置したか

追手門と天守

正門を突破する敵を、門上と天守側から重ねて見られる配置です。

詰門

下階は門、上階は本丸と二の丸を結ぶ廊下。動線を上下で交差させます。

忍び返し

鉄製の突起で石垣や塀への取りつきを防ぎます。

石樋

多雨の高知で排水を石垣の外へ導き、崩れを防ぐ地域性のある設備です。

FIELD ROUTE

初めてでも迷いにくい見学順

見どころを見落とさず、入口から出口まで歩きやすい順に紹介します。工事や入場規制がある日は、現地の案内に従ってください。

  1. 01

    高知城歴史博物館で山内家資料を先に見る

  2. 02

    追手門正面から天守との重なりを確認

  3. 03

    杉の段で石樋を探し、雨への備えを見る

  4. 04

    詰門の下を通って二の丸へ。上階通路との関係を読む

  5. 05

    黒鉄門から本丸御殿・天守へ

  6. 06

    天守から城下の方向を見て、忍び返しと石垣を確認しながら下る

FOOD, TEA & ONSEN

皿鉢料理に見る、土佐の宴席

城主の献立ではなく、土佐で人が集う場に受け継がれた料理として紹介します。

寿司と鰹のたたきを盛った皿鉢料理
Image: Miya.m / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

藩政期から続く食文化

皿鉢料理

大皿に刺身、鰹のたたき、寿司、煮物などを盛る土佐の宴席料理です。農林水産省は起源を藩政期までさかのぼると紹介していますが、山内一豊の好物とする根拠は示していません。

農林水産省「皿鉢料理」で確かめる

VISIT DETAILS

見学料金・開館時間・駐車場

大人一人の通常料金と、見学できる時間、休館日、車で訪れる場合の駐車場をまとめました。年齢区分、団体料金、特別公開は公式案内でご確認ください。

入城・入館料
天守・懐徳館は18歳以上500円、18歳未満無料。高知城歴史博物館とのセット券は常設展800円、企画展1,040円です。
開城・開館時間
9:00〜17:00、最終入館16:30。
休城・休館日
12月26日〜1月1日。2026年から元日の特別無料開館は終了しています。
公営・指定駐車場
高知公園駐車場は普通車65台、7:30〜18:30。最初の1時間370円、以後30分110円です。
駐車場から
駐車場から追手門へは徒歩約3分。路面電車の高知城前停留場から徒歩約5分です。
訪問前の注意
追手門と天守を同じ画角で見た後、本丸御殿まで入ると高知城ならではの構成が分かります。

確認日 2026.07.31。料金・開城時間・駐車条件は催事や工事により変わる場合があります。

DAY PLAN

高知城を巡る時間と費用

滞在
歴史博物館と城で2.5〜3.5時間
交通
JR高知駅から路面電車・バス。市街地の食と組み合わせやすい
予算
入城・博物館・昼食・市内移動で4,000〜8,000円ほど(宿泊を除く編集部目安)

CASTLE TOWN ROUTE

現存御殿のあと、土佐藩の史料へ

高知城は天守と本丸御殿がともに残る貴重な城です。追手門前の高知城歴史博物館を組み合わせると、建物と山内家伝来資料を往復しながら理解できます。

所要時間の目安 追加60〜120分

高知県立高知城歴史博物館
Image: Higa4 / Wikimedia Commons / CC0

WALKING ORDER

  1. 01

    追手門と天守を同時に見上げる

  2. 02

    天守と本丸御殿を見学する

  3. 03

    追手門前の高知城歴史博物館で山内家資料を見る

博物館

高知県立高知城歴史博物館

土佐藩主・山内家伝来の古文書、美術工芸品を中心に展示します。展望ロビーから城を見返せるため、見学前後どちらに寄っても理解が深まります。

公式情報を見る

市街地

日曜市と中心商店街

日曜日なら追手門から続く日曜市を歩けます。城下に人と品が集まる現在の姿として楽しみ、開催時間や交通規制は高知市の案内で確認します。

公式情報を見る

所要時間は移動と通常の見学を含む編集部の目安です。開館日、料金、展示内容は各施設の公式サイトでご確認ください。

AROUND THE CASTLE

城下町で食べる・泊まる・持ち帰る

泊まる

城西館

高知城と市街地を巡る際に利用しやすい宿です。食事付きプランと駐車場の条件は公式サイトで確認できます。

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食べる

得月楼

土佐の食文化と料亭のしつらえに触れられる店です。営業日と予約方法は公式サイトで確認できます。

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持ち帰る

浜幸

土佐の素材や風土を生かした菓子を公式店で選べます。

公式情報を見る

BOOKS & DOCUMENTS

高知城の現存本丸と山内家を知る本

天守と本丸御殿がそろって残る理由や、山内一豊以後の土佐藩の歩みを確かめられます。

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主な出典

本文は各城の公式解説、自治体・文化財情報をもとに編集部が要約しました。伝承は確定事項と分けて記載しています。

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